オフィスを移転する理由は、賃料の問題を始め、スペースの問題、立地の問題など、企業によってさまざま。いざ移転となると、物件探しからオフィスのデザイン・レイアウト決めまで、その準備作業に通常以上の労力を費やすことになる。しかし明確な目的を持って行う移転には、多くの企業にとって少なからずメリットをもたらすようだ。ここでは、移転における様々なメリットと、その実例を見ていきたい。
また、某法律事務所の日本支社においては、もともと個室が中心のオフィスであったが、壁をできるだけ作らないオープンスペースの形態をとることで、同僚弁護士間のコミュニケーションを円滑に。オープンスペースが中心である一方で、会議室や1人で集中して作業したいときに利用できる個室を設けることで、より多くの社員にとって仕事がしやすい環境となっている。
また、顧客が移転したことにより、よりコンタクトがとりやすくなるよう丸の内へ移転を決めた。移転後のアンケートにおいて、「社員の満足度」が13パーセント上昇したとともに、社員の80パーセントが「生産が向上した」と回答し、大きなプラスの効果を実感できたそうだ。
企業の事業再編は、老舗企業であればあるほど乗り越えなくてはならないハードルが多いもの。そこで、移転をきっかけに大規模な事業再編に成功した企業の例をご紹介したい。
50年近い歴史を持つ某貿易商社では、かつて自社工場と事務所を隣接して構えるために“敷地面積の大きさ”がオフィス立地の絶対条件であった。こうした理由から、多少交通の便が悪くても広い面積を持てる場所にオフィスを構えざるを得なかったという。しかし事業のスリム化を目的にいくつかの事業とそれに付随する工場を手放したことで、立地の制限が解消。新オフィスには交通の便を優先させた。その結果、新天地で心機一転、事業再編も成功し、社員の働きやすい環境の構築にも成功。この移転を機にロゴマークやホームページなども一新し、社員からは「業界の堅いイメージを払拭することで、オフィスだけでなく会社としても理想的なイメージアップができた」という声も挙がっている。
某建設コンサルティング・エンジニア企業では、移転にあたって従業員から意見や要望を細かく吸上げたという。それに基づき設定した理想の社のイメージに近づくよう、新オフィスではコミュニケーションや縦横のつながりを意識した多くの仕掛けを作っていった。例えば社員同士が気軽に立ち寄れる交流スペースを設け、窓際にはふらっと打合せができる共用テーブルを配置。机の位置も、役職者が入口側に座る「コミュニケーション型組織レイアウト」に改めた。ちょうど社内のCI戦略を行う時期と移転が重なったことも相まって、業界のリーディングカンパニーとしての企業ブランディングを意識させるオフィス作りができたという。
「どうせ働くなら便利で活気のある街で働きたい」と思う人は多いのではないだろうか。移転において、新天地が“好立地かどうか”というのも、一つの重要なキーワードだ。駅や銀行、郵便局、役所などに近いということは、ビジネスのあらゆる面で利便性が高い場合もある。
海外の某シューズメーカーは、「日本市場の開拓に打って出るための布石」として六本木に構えていた本社兼ショールームを汐留の高層ビルに移転した。ショールームは「ブランドの顔」であるということから、クライアントが足を運びやすいだけの立地ではなく、誰もが認める一等地を獲得する必要があったという。従来の約5倍に拡充したブランドの世界観が広がるショールームや、新幹線の停車駅や空港に近いというアクセスの良さから来訪者は確実に増加しているそうだ。また、汐留という一等地に移転したことにより、従来のクライアントからの企業に対する信頼がより厚くなるとともに、社員が「自分は素晴らしい会社で働いている」と感じることで、仕事に対するモチベーションも上がったという。
こうした人気のオフィス街やオフィスビルへの移転は、クライアントや株主、更には就職活動生などの社外の人々に向けて、「会社が成長している」という無言のアピールになることも。オフィスの場所というのは一部のビジネスにおいて非常に重要視されるポイントでもあるのだ。また、ランチ時や仕事帰りに利用しやすい飲食店や商業施設があるかないかで、社員の満足度を意外と大きく左右するということも念頭に入れておきたい。
某食品会社は、仕事の効率化を図り首都圏での市場拡大を実現するために、組織別に区切られていたオフィスから壁を取り払い、オープンスペースを採用した。オフィスの真ん中に「センターポイント」と呼ばれる社員同士の交流の場を設置し、その周囲にカフェスペースなどを置くことで自然と社員が集まり、コミュニケーションが生まれやすい空間を作ることに成功。顧客がオフィスに訪れやすくなるよう誰でも利用できるスペースや、顧客と共同で商品開発ができるキッチンスペースや会議室などを設けたことで、来訪者数は移転前の約3倍になり、移転の効果は顕著に現れている。
移転に伴いクライアント等に発送する「移転のお知らせ」の書面一つにも、実は隠れたメリットが期待できる。ある会社では、このお知らせをきっかけに付き合いの薄くなっていたクライアントから連絡があり、再取引きに繋がったという。移転通知もチャンスの一つと捉え、丁寧でスマートな挨拶を行いたいものである。
企業が移転を決断する理由は様々だが、「社員のモチベーションアップのため」や「作業の効率化」「コスト削減」「会社のイメージアップのため」など、まず移転の目的を明らかにすることが移転成功の第一歩。例に挙げた企業のように、現状の課題をしっかりと洗い出し、そこから移転の目的、移転後の目標を具体的に設定することが大切だ。理想を叶えるための建設的な移転は、きっと企業にとって大きなメリットをもたらしてくれるに違いない。